北京故宮博物院200選という大きな看板を、駅のホームでいつも見ていた。
2月19日まで公開なら行けるかも知れない。気もそぞろになってきたある日曜日の晩、テレビで(日曜美術館)で『清明上河図』 を解説しているのをみた。何だかスゴい作品みたいだな、ちっちゃな絵巻みたいだけど…。司会者や解説の紹介が上手だったこともあって、私はすっかり乗せられてしまった。
中国の黄くんに試しに尋ねてみる。
「清明上河図って知ってる?」 「知っています。でもまだ教科書でしか見たことないです。」
「東京で展覧会を開いているのよ、私も行ってみようと思ってるんだ。」 「ホンモノですか?」
「そうみたいよ、世界初だってね! 門外不出だったんだって。(中国人を相手に興奮している私^^」
「海外に出すのはお金がかかります。」
「そうよね、保険だって相当かけたと思うよ。」 と言ってから、そうか!掛かったお金は私達の税金だ~、じゃ行かない手はないよね。ここで私の気持ちは「行くが吉」になった。(アレ?)


火曜日に中国人の友人と一緒に行くことにした。
美術館巡りは一人で…がマイペースの私には合っているが、
北京っ子の彼女と一緒に行くのが面白いよね、中国人はその展覧会をどう見るんだろう、そんな関心もあった。

前日からの雪でダイヤが乱れたり、上野駅構内で昼食をとりながらのお喋りが楽しくて食堂で根っこが生えてしまい、トーハク(東京国立博物館) には予定より遅めに到着した。
彼女の話によると、土曜日午前のとき、主催者に確認したところ
入口まで5時間待ち。 入口までというのは寒空の下でってこと? 「もしそうだったらどうする?」 そんなドキドキを抱えながら入口に近づく。ワオ~あの白いテントは何? 人が整列してるのよ! 寒いし、お年寄りも多いもんね。

そこでは20分ほど整列で済んだけど入口から中に入ってからが驚き、ズラ~~っと並んだ人・人・人。貼り紙に
「ここから210分待ち」 とある。テントの中で係員が 「先に他の作品をご覧になってから、清明上河図の列にお並び下さることをお勧めします」 と何度も言っていた訳がここで納得できた。
音声ガイド付きが分かりやすいでしょう、ということで松平さんのナレーションを聞きながら鑑賞スタート。
やはり書は元祖だけあって、惚れぼれしてしまう。書道のお手本のような楷書体、行書から草書、篆書もみられた。今の中国は簡体字だけど、千年前の「業」の字はそのまんまだね~ (現在の簡体字は 业) とか、法隆寺の 隆 は昔は 隆 (少し違うんですけど・・エキサイトで表示不可 ) こんな漢字だったんだね等々、今昔漢字探索もした。
** 特に印象に残ったものを幾つか。写真は、買ってきたお土産から転載しました。クリック拡大します。
◯見事な書に溜め息がでてくる。一筆箋として販売されていた
草書諸上座帖巻

◯お話しが面白かった
蛛網擒猿図冊:しゅもうきんえんずさつ
猿が蜘蛛の巣にかかってしまった虫を助けようと手を伸ばしている、が虫を助けると蜘蛛の食料がなくなってしまう、さて困ったぞ… みたいな 「あちら立てればこちらが立たずですな 」 と、松平氏は言った(笑)
写真はありません。◯乾隆帝が重要な儀式を挙行する際に着用した礼服。
黄色の地に綴織りで12章の模様が描かれた服の前で 「生地はなに?シルクかな?」 ずっしりと重厚感のあるお洋服でした。
◯蓮の花を描いた美しい画でした。
出水芙蓉図冊 南宋時代:13世紀
社会の困難にあっても気高く生きる文人の肖像でもあった―そうです。


◯最後に見た
万国来朝図軸(ばんこくらいちょうずじく)
皇帝のもとに、世界中からの使者が集まって来た様子を表していて、中には日本の使者らしき姿もある。これは事実ではなく、皇帝の夢、望みとして描かせたと説明があった。なるほどこの画を目指して日本のあちこちから、そればかりでなく外国人もたくさん引き寄せられて来た― ということは、皇帝さんの夢が今日叶ったという事ではないか。これは面白い!と思った。
★写真のない所は、こちら見どころ http://www.kokyu200.jp/midokoro_01/ で補ってください。載っていないものもあるかもです、すみません。絵画にせよ書にせよ、そちらに造詣の深い方々にとっては贅沢なご馳走といったところだろうか。素人の私ですら、それらの筆使いに何度も溜め息が出たんだもの。

清明上河図を見るまでに時間がかかって、5時までのタイムリミット危うしということで、その列に加わることを断念した。すでに足棒状態である。数時間並んで待った人達がロープで隔てられた向こう側で熱心に鑑賞されていて、これは時間がかかる訳だ…と諦めもついた。ガラス棚に納まった横5メートル、縦24センチの絵巻物をよほどノッポさんなら背のびをして見れたろうか。長身の彼女は、ぴょんぴょん跳ねていたけれど(笑)。彼女の誇らしい表情がチラリと見えた気がした。


日本は遣唐使・遣隋使の時代を経て、中国から文化を仕入れ自分達の文化を育ててきた。不幸な時代がありました…なんて綺麗ごと。戦争ひとつ起きれば、隣の友人も敵になるなんて悲しい話しにならなきゃいいよね。そんな事まで考えさせられた上野公園故宮博物院詣(もう)で、だった。
★博物館の研究員のかたのブログも参考になりました。
http://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/category/16