雪の日曜日


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昨日の天気予報は雪マークが一つだった。雪マークが一つってのは、ほぼ確実に雪になるよと警告しているってことだ。明日は日曜日だし、通勤通学の足にはあまり影響ないわね・・・とすっかり油断していたのがいけなかった。肝心の私の薬が切れていることに、朝になって気づいたのだ。
きちんとした雪道が出来上がっているところを転びながら病院までいくか、睡眠誘導剤を飲まずに翌日ぼーっとした頭でいることに耐えられるか? 
結局、携帯でこんな写真を撮りながら病院を往復しました。転ばなくて良かったです!!
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雪の日の教習ってのも、楽しいのかもしれないね。でも教官は怖いと思っているはず(^^)



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住宅街の11時頃はこんな感じだ。遠目に見るとそれほど積もっているようには見えない。



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でも花たちは必死でした。
















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重たいよ~ とは言えないしね・・・・。









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病院前の通りも、商店街も出控える人が多いらしくてひっそりとしていてね。車を運転しているのは余程の用事の人なんだろうな。


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<友人宅の レモンの木>

帰り道、友人宅の玄関先で、息子さんが雪かきをしていた。金沢の人たちって、雪の日は朝から晩まで雪すかししてたよね。大通りは除雪車が出動していたし、道路の融雪装置も活躍していたっけ。ただ、路地を一本入るとそこは雪だらけで、冬の暮らしのほとんどを雪すかしで過ごすことになる、と近所のお婆ちゃんがぼやいていたっけ。
さっき立ち寄ったスーパーでは節分の売出しで恵方巻が高々と積み上げられていた。
今日は節分だった。
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# by hanako_mama | 2008-02-03 14:26 | 私の好きなもの | Trackback | Comments(16)

人間万事塞翁が馬


家に帰る途中に竹林のところを通る。
この日、竹の林の中から私を見つめている何かを感じた。
冬枯れの灰緑色のしーんとした中で、黒い猫が私をじっと見ている。
私が足を停めて彼女を見つめ返す。彼女は身じろぎもせず、ひたすら私を見つめている。

いつもなら、猫を見ると必ず声をかける私なのだが、この日は違った。
彼女が私になにか言っている、そう感じてしまった。
「な~に? 何が言いたい?」  「・・・・・・・・・・・・・・。」

しばらくのあいだ、二人黙って、張りつめた時間の中に佇んでいて。
猫との会話を 「自分が脚色して一人で楽しむ」 のが好きな私です。でもこの日ばかりは気の利いた台詞が一言もでてこない。人がほとんど通らないのをいいことに、私たちはひたすら見つめ合っていた。そろそろ家に向かわないと、そう思い携帯で彼女を写した。

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家に帰って、ある言葉が突然、頭の中に浮かび上がった。
塞翁が馬!
人生、思いがけないことが幸福を招いたり、不幸につながったりして、誰にも予測はつかないということ。また、だからやたらに喜んだり悲しんだりしても始まらないということ (~典故辞典) 
この言葉は今の若い人たちはあまり使わないが、昔、職場の先輩や親が日常会話で口にしたように思う。中国語を習い始めたころ、先生にこの言葉の意味を改めて教えてもらった。

昔ね、中国の北のほうの国境近くに住むお爺さんがいたんですよ。あるとき、お爺さんが飼っていた馬が逃げてしまった。ところがその逃げた馬が、もう一頭のとても素晴らしい馬と一緒に帰ってきたんです。災いから福に転じたでしょ? そこで。 でもね、お爺さんの息子がその馬に乗って落っこちちゃった。これ災いでしょ? ところがですよ、息子は怪我をしたおかげで兵役を免れて戦死しなくて済みました! これで福となるんです。 


中国語では 塞翁失马,焉知非福(sai2 weng1 shi1 ma3, yan1 zhi1 fei1 fu2 ) 
人間万事塞翁が馬、人の禍福は図りがたいものだ。

なぜ、この言葉が浮かんできたんだろう。
彼女がそういっていたのかも知れないね。
そして私が彼女にそう言ってほしかったのかも知れません(笑)。
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# by hanako_mama | 2008-01-29 00:14 | 中国語を楽しもう | Trackback | Comments(18)

日本語って面白い!かも

昨夜は、日中相互学習・ in ・ skypeの二回目の授業だった。
中国人が日本語文を朗読して、日本人が発音やイントネーションをなおす。

テキストは生徒の自作ブログ文。担当の日本語教師の方には 「私は聴くだけ参加でおねがいね。」と頼んでおいた。外国人に日本語を教えるということは、実際の話どんなふうなんだろう、という関心が大いにあった。約束の時間から一時間あまり遅れて授業開始。

前回の宿題とのことで中国人の生徒が、朗読を始める。彼女が読み終えると、すかさず先生がこう言う。「あ、ぜんぜん変わってないよ。前の注意したところが直っていない、自分の癖のまま読んでいるね~」
生徒 「え、そーですかぁ。ちゃんと直して読んでいるつもりなんだけど~」と反論している。
先生 「テープも渡してあるし、毎日くり返して聞いて練習すれば直ってくるはずなんだけどなぁ・・・・」 
前回の授業を知らない私は、生徒が宿題をさぼっていたんだろうか?とか、いやいや真面目な彼女のことだ、さぼるなんて考えられないわ・・・とかあれこれと考えつつ授業参観していた。
突然、先生が私にふってきた。「ふみさん、ちょっと読んでくれませんか。生徒は後から付いて読みますから。」 
「えー!!ダメだめ。私、茨城なまり丸出しだしイントネーションに自信ないよ~!」
「いや、いいんです それで。どこの訛りがある人でも日本人が読んでいるってわかるでしょ?昔、立松和平さんがテレビ番組で朗読してたじゃないですか。」 

この授業の目的は、自分の癖に固まり始めた彼女の日本語発音を矯正する意味も持つのだと説明された。
なるほど! 飴が雨でも、端が橋でもとりあえず良いわけね。彼女の耳を慣らすのだ、日本語の語感に馴染むことが肝心なのだ。ときおり、茨城弁まるだしの朗読をして真似をしてもらったり、いまの抑揚を五線譜に書いたらこうなるなぁと頭に描き、それを指摘したりもした。

先生は一語ごとに抑揚を修正する。一つのセンテンスの流れをなんども練習させる。それは想像していたよりも厳しい授業だった。耳を鍛えるのが大切なんだと痛感した。以前の中国語の先生が「私の録音を聞いたあと、ご自分の発音を録音して聞き比べてみてください。」と言われた意味をここで改めてかみしめた。

授業の後、妹に言った。「いやぁ日本語って難しいんだね、外国人にとって。」
妹は答えた。
「そういえば息子の友達のお父さん(中国人)って日本人とまるで変わらない話し方なんだよ。昔から日本にいたわけじゃないのにさぁ。どこが違うのかね?苦手な人と・・・」

う~ん どこが違うんでしょうね?
それにしても日本語を教えるって大変なことだ。日本語って面白い038.gif
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# by hanako_mama | 2008-01-25 08:37 | 私の好きなもの | Trackback | Comments(12)