人気ブログランキング |

中秋節の詩、歌(中国版)

友人とランチして来ました、外はカンカン照りです。「暑いねまったくー!」 の言葉で始まり、別れるときも同じ言葉をいいました(^^)、続いて中国です。 ちょっと長いです。


この記事は中国語の本を整理しているときに、ちょうど中秋節の記事を発見、ワードに書きこんでおいたものです。役に立って良かったです 「ちょう ラッキー!」ってこんな時につかうんですね。

中国の人達は中秋快樂!(中秋節おめでとう) を言葉にして言うんですね。月のお祭り=中秋節ですから....。日本人は 「十五夜おめでとう!」 とは言いません。
「おかあさん、お団子食べてもいい?」
「お月さんの中のウサギを見つけたら食べていいよっ」 そんな可笑しな会話を毎年してました(笑)


□■□■□■


紹介の詩は、宋代の詩人 蘇軾が彼の弟を想い中秋節に詠んだもの。
【 寒々しい天界の宮殿を想像した後に、人の世での弟の長生きを祈る気持ちを綴っている。最後の一句は、友を思い互いに励まし合う時に度々引用される】 そうです。

下のYouTubeは、この詩に曲がついたものでテレサ・テンなども歌っています。今回は フェイ・ウォンが歌っているものをアップします。記事の最後に<中秋節の伝説>を追加しました。 


e0108126_1414815.jpg
写真は、こちらの中国語ブログ  からお借りしました。




水調歌頭 / 蘇 軾


明月幾時有,把酒問青天。
名月はいつからあるのか? 酒杯を手に天に尋ねた。

不知天上宮闕,今夕是何年。
天界の宮殿では今年は何年にあたるのか。

我欲乘風歸去,又恐瓊樓玉宇,高處不勝寒。
風に乗り天に帰りたいとも思うが、高所にそびえたつ宮殿の寒さに耐えられようか。

起舞弄清影,何似在人間。
月明かりに舞えば わたしの影も一緒に動く、それはこの人の世と何か似ている。

轉朱閣,低綺戶,照無眠。
楼閣を月がめぐり、窓から明かりが差し込んで寝られない。

不應有恨,何事長向別時圓。
月を恨むわけではないが、なぜ別れの時はいつも満月なのか。

人有悲歡離合,月有陰晴圓缺,此時古難全。
人には喜びと悲しみ、出会いと別れがあり、月には曇と晴れ、満ち欠けがある。昔からうまくは合わないものだ。

但願人長久,千裏共嬋娟。
ただあなたの健康と長生きを、そして遠く離れていてもこの月をともに愛でられることを願うばかりだ。










<中秋節の伝説> 
 
昔々のこと、天に10個もの太陽が昇ったことがありました。
あまりの暑さに大地は荒れ果て海は干上がり、人々は苦しみました。
これを救ったのが後羿(こうげい)という弓の名人です。崑崙山の頂に立った後羿は次々に9つの太陽を打ち落とし、平和な世界を取り戻したのです。

その後羿には美しく心優しい嫦娥(じょうが)という妻がいました。英雄となった後羿の下には多くの弓の弟子が集まり、毎日を忙しく過ごすようになりました。そのため一人家に残された嫦娥は次第に寂しさを感じるようになったのです。

そんなある時のことでした。
後羿は崑崙山で仙女・王母娘娘に出会い、不老不死の仙人になる薬をもらいました。家に帰った後羿は薬を嫦娥に手渡すとすぐに弟子たちを連れて出かけていきました。
毎日寂しい日を送っていた嫦娥は、薬を飲んで仙人になろうと思い立ちました。しかしどうしたことでしょう。
薬を飲むと体はふわりと浮かび上がってしまったではありませんか。
嫦娥はそのまま天へと飛んで行きました。

家に帰りこのことを知った後羿は、嘆き悲しみました。
悲嘆にくれた彼は夜空に向かって嫦娥の名前を呼んでいると、なんと明るく光る月に嫦娥の姿を見付けました。しかし月までは行くことができません。後羿は庭に祭壇を造り、嫦娥が好きだったお菓子や果物を供えました。

はるか月の宮殿からこの様子を見ていた嫦娥は夫の愛の深さを知りましたが、もはや人の世に戻ることはできません。永遠に冷たい月の宮殿で暮らさなければならないのです。
嫦娥が月に昇り仙人となったことを知った人々は祭壇を築き、平安な暮らしをもたらすようお祈りしました。
これが後に中秋節の風習となったのです。
by hanako_mama | 2011-09-13 14:50 | 中国語を楽しもう | Trackback | Comments(6)
トラックバックURL : https://hanakomama.exblog.jp/tb/15428861
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by T.Fujimoto at 2011-09-14 02:17 x
羿が日を射る話、「淮南子」に見える古い伝承ですね。
台湾の高山族にも、多くの太陽征伐に関する民話があります。金関丈夫の著作を読むと、北ボルネオのドゥズン族と、スマトラのバタ族にも似た伝説があり、八つの太陽のうち、一族の勇士がそのうちの七つを射落とした、という話です。また、南北アメリカにも同類の伝説があり、カリフォルニアのシャスティカ族では、十の太陽が一度に出た時にコヨーテがその九つを打ち殺したと言い伝え、ペルーのリマの東のサウサ族には、五つの太陽のうちに四つを射落した伝説があるそうです。

ドイツ人Eberhardは、羿に関する民話は、古代越族の伝説を夏族が併合した際、その文化を圏内に包容したもの、だとしています。(前半の太陽を射落とした部分は越族の伝承、後半の羿が傲慢になり、悪羿と称した部分は夏族がくっつけた部分か?)

いずれにしても、説話の比較研究として興味深いテーマですね。
Commented at 2011-09-14 14:40 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hanako_mama at 2011-09-15 06:30 x
>fujimotoさん、月は偉大ですね。こんなにも広いところで、あれこれの
伝説が生まれている。教えて下さって有難うございました。
Commented by azu-sh at 2011-09-17 20:22
おもしろい記事でした。満月を愛でる風習はこんな物語から生まれたんですね。上海で、中秋節にダックや枝豆、さといもなどを食べて月を見たのを思い出しました。
Commented by hanako_mama at 2011-09-17 23:02
>鍵コメさん、コメントありがとうございました。
SMAPが北京公演する時代になったんですね。
世は歌につれ・・・ってところでしょうか。
返事が遅れてすみません。
Commented by hanako_mama at 2011-09-17 23:07
>あづちゃん、月餅は美味しいねっとか言っているのも幸せだけど。
こんなお話しが世界中にあるなんて、知らなければ知らないで生きていけるんだけどね。
知っている方から教えて頂いて、感謝できるのもお月さんのお陰かな。
あづちゃんのブログで、中秋節のこと書いてたっけね?

名前
URL
削除用パスワード
<< お楽しみに~ 十五夜お月さん >>